03.06. [概説]1869年憲法
(1)制定の経緯
イサベル2世治世の末期は、めまぐるしく政権交替が起こる不安定な状態が続き、政府に対する不満の高まりは、国民の広範な参加に基づく革命運動に糾合された。1868年9月30日、イサベル2世は王位を捨てて亡命し、「革命の6年間」が始まった。1869年1月の憲法制定議会選挙では、進歩派が多数を占め、その主導の下に憲法が起草され、1869年6月5日に公布された。
(2)特色
①一般的性格
1869年憲法は、進歩主義的・民主主義的な立憲君主制憲法として位置づけられる。国民主権原理(前文、32条)に立脚し、厳格な権力分立を定め、きわめて広範かつ詳細な権利宣言を備えた硬性憲法である。
②統治機構
[立法権] 二院制国会の各議院はともに民選議院であり、権限において対等(38条)とされるが、下院の優越も定められている。すなわち、「租税、公債及び軍隊に関する法律案は、上院に先立って下院にこれを提出しなければならない。法律案に修正が行われ、下院がこれを承認しないときは、下院の議決を優先する」(50条)。国会は全国民の代表とされ(40条)、命令的委任が禁止されている(41条)。
スペイン憲法史上初めて、立法権が国会の専権とされた(34条)。また、大臣が国会に対して政治責任を負うことを前提として、「両議院は、不信任の権利を有し、各議員は大臣質問の権利を有する」(53条)。
[執行権] 国王は、大臣の任免(68条)、宣戦及び講和(70条)、「王国全土において、裁判が迅速かつ完全に行われるよう、配慮すること」こと(73条5号)、法律を施行及び適用するための規則を制定すること(75条)等の権限を有する。
[司法権] 第7編「司法権」では、とくに陪審制が再び規定されている(93条)点が注目される。
[諸権力間の関係] それまでの諸憲法に比べて、国王の権限に大きな制約が課せられている。すなわち、国王は国会を召集、停会及び閉会する権限を有する(42条)が、毎年、遅くとも2月1日には国会を召集しなければならず、少なくとも4か月開会されなければならない(43条)。停会は一立法期につき一回に限られ(71条)、解散の場合には、国王は3か月以内に国会を召集しなければならない(72条)。また国王は、下院議員及び上院議員とともに法律案提出権を行使し(54条)、法律を裁可及び公布する(34条)が、停止的又は絶対的拒否権としての不裁可権は否定されていると推定される。
③権利
第1編「スペイン人及びその権利」(うち2〜31条)は広範な権利宣言であり、住居の不可侵(5条)、居住の自由(6条)、移転の自由(26条)、財産権(13条、14条)、信教の自由(21条)などを定める。また、違法な逮捕に異議を申立てる権利(12条)、集会及び示威の権利(17条、18条、19条)、並びに、男子普通選挙権(16条)が初めて認められたことは注目に値する。さらに、「本編に諸権利が列挙されていることは、明記されていない他の権利の禁止を意味するものではない」とする29条は、権利カタログのさらなる拡充を含意するものとして、この憲法の進歩主義的性格を強く特徴づけている。
(3)運用
「革命の6年間」は激動の連続だった。摂政セラーノと首相プリムは、サボイア家のアマデオを国王に迎えるが、アマデオはたちまちスペイン王位を放棄し、1873年2月11日、国会は共和制を宣言した(=第一共和制)。しかし、この共和制は混迷をきわめ、73年7月17日には共和国憲法草案もつくられたが、公布には至らなかった。
(4)意義
1869年憲法は、国家の目的や憲法が擁護すべき諸価値を確認している。前文は、「正義、自由及び安全の強化並びにスペインに居住するすべての者に対する福利の提供を希求」することを挙げているが、この「正義」及び「自由」並びに32条の国民主権原理は、百年以上の歳月を経て現行1978年憲法1条の規定につながっているとみられている。また、自然権的な人権理解を明白に示す権利宣言をもつ点に、この憲法の憲法史的意義を見出すむきもある。
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